いつも心に太陽を

北海道在住、住所不定。現在ネパール。明日はどっちだ

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GOMA 「記憶展」

行きたかった~
昔からGOMAの造り出す音が大好きで聞いていた。聞いているうちに音の中に入り込める感覚、音楽のもつ力を教えてくれた。ニセコのイベントでセッションで来た事、話が出来た事を思い出すとますます信じられない。復活を心から祈っています。
近くに住んでいたり時間があればぜひ

引用します
2009年11月に遭った追突事故によって、その後の活動を自粛していたGOMA。突然の事故によって脳に強度の衝撃を受け、GOMAは高次脳機能障害を抱えることになってしまった。

記憶は生きていくことによって蓄積される。けれどGOMAは事故をきかっけに、蓄積されてきた多くの記憶を一瞬のうちに失ってしまう。記憶は点としてポツポツと残っているだけ。自分が何ものなのかもわからなくなっていた時期もあった。過去を振り返ることができない。そんな状況下で、手にしたのはディジュリドゥではなく筆だった。頭に浮かんだ光を、絵に変えていった。事故の日まで、ほとんど絵を描いたことがなかったというのに、絵を描くことに没頭していった。GOMAは無意識のうちに絵を描くことによって新しい自分を見つけようとしていたのかもしれない。未来の自分を絵によって探していたのかもしれない。

脳を覚醒させることがサイケデリックだとすれば、GOMAの絵は間違いなくサイケデリック・アートだ。そして自分の過去の体験が光となって現れていることを追いかけているのなら、GOMAの絵は間違いなくプリミティブ・アートでもある。「何を描くか」ではなく、自然体のままに無心で「絵に向かう」。見て記憶してきた風景ではなく、頭のなかの光を具現化する。GOMAの絵は、だからこそピュアで、生きるためのエナジーに満ちている。

かつてGOMAはオーストラリアに渡り、地球最古の木管楽器ディジュリドゥを自分のものにした。ディジュリドゥによって、GOMAという唯一無二の個性を開拓していった。そして今、光の絵によって、自分を再生させている。神がいるとしたら、神はGOMAに「絵」という宝物を与えてくれた。

ー菊地崇ー
    20100624_856735.jpg   20100624_856736.jpg

記憶がなくなる事故の後に光が見えたという。
音から絵に変わった世界をみてみたい。行った人にはぜひ感想求む
   
  1. 2010/07/12(月) 23:02:50|
  2. 頭中紀行
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